昔は、自転車を購入するのは自転車屋さんと決まっていました。しかし、いつしかスーパーやホームセンター、さらに近年は通販でも自転車が買えるようになっています。販売形態が多様化した昨今、それでも実店舗の自転車専門店で自転車を購入するメリットとは何なのでしょうか? スマホ片手に悩んでいてもしかたがないので、真正面から自転車専門店に直撃してリアルなところを聞いてきました。
写真と文:米山一輝
自転車は購入時が100%ではない
今回お話を伺ったのは、兵庫県宝塚市にある「サイクルパラダイス ムーンテイル」。阪急仁川駅そばに店を構えて18年。いわゆる「ママチャリ(シティサイクル)」からスポーツバイクまで、幅広く取り扱うプロショップです。
店主の佐藤孝博さんは元々、家電やクルマのプロダクトデザインを20年あまり手掛けていたという、少々変わった経歴の持ち主。事前に取材をお願いしていたところ、メモを束ねたレジュメを手に熱く語ってくれました。
「まずスポーツ自転車は(世の中の多くの商品とは異なり)、購入した時点で100%の状態ではないということですよね。うちだと初期点検を購入して2、3ヶ月後に無料でさせてもらってますが、そこまで一度乗って慣らしてから、増し締めやワイヤー調整などを行う必要があるんです。次に、スポーツ自転車はメンテナンスフリーではない点。本当は一般車(ママチャリ)もメンテナンスフリーではないんですが、スポーツ車はさらにデリケートです。走行性能を重視した分、極端なことを言えば100kmも走れば調整が狂ってきて性能が落ちてきます」
本やネットでは分からない「肝心なところ」
「つまりスポーツ自転車は、買ってからも“するべきこと”が沢山あるわけです。そのための知識を得ていく必要があるわけですが、それはやはり簡単ではありません。今は本やネット、動画なんかもあって、メンテナンスの方法自体は知ることができますが、肝心なところは動画でも分かりません。例えばうちではこういうのを置いてるんですけど……」
そう言って出てきたのは、ベアリングが両側に付いた、クランクとボトムブラケット部分を外したもの。
「この2つのベアリングを回してみて、違いって分かりますか?」
触って回してみると、違うような気もするし、変わらないような気もします。どちらも手で動かす限りは普通にスムーズに回ってくれるのですが……。
「このベアリング、実際に車体に組み付けてみると、片方はガタガタでスムーズにクランクが回らないんですよ。そういうリアルな部分って、やはり経験をしていかないと身に付かないし、それにはとても時間がかかるんです。経験が少ないと、使っている中で自転車の調子が悪くなっていることに気付かないことも多々あります。そして、ある程度本格的なメンテナンスをしようとすると、専用の工具なんかも必要になってきます。もちろん、そういったメンテナンスを全て自分でできるユーザーさんもいますけど、それはほんのごく一部ですよね」
お店には多種多彩な工具が備えられ、その種類の数は全体で優に100を超えるとのこと。全部を買い揃えようとしたら、自転車1台分の金額では収まらなさそうです。
長い付き合いを始める「儀式」に
情報化が進んだ現在、メンテナンスの手順自体はネット上で検索すれば、ほとんど知ることができると言っても過言ではありません。しかし、ムーンテイルのお客さんの場合、ほぼ佐藤さんに相談してこられるそうです。
「その方が早いんですね。経験があるので、できる・できないをすぐ判断できますし。あと、うちみたいな個人店だと、常に同じスタッフとやり取りができるのがメリットですね。こないだのあれが——と言ったように“続きの話”ができるので、いろいろと話が早い。かかりつけのお医者さんみたいなイメージですかね」
そして佐藤さんは、コンビニエンスストアのように、気軽に行ける範囲にメンテナンスの拠点があるのが理想だと話します。
「自転車というのは社会的な乗り物で、公の道路を使うスポーツですから、(乗り手が)知っておくべきことが実は沢山あるんですね。でも一度には伝えきれないし、伝わりきらないから、時間をかけて少しずつ段階を追って説明していくんです。売りっぱなし、買いっぱなしで済む商品ではない。そういうショップとの付き合いの取っかかりになるのが、ショップでの購入と、その後の初期点検という機会ではないかと思います。ひとつの儀式というかね」
熱いお話を聞いていると、普段私たちが何気なく使っている自転車も、実は自転車店のプロの仕事に支えられているんだと気付かされます。一方で昨今の私たちは、それを必要以上に簡単に考えすぎているのかもしれません。
シンプルだけども奥が深い、自転車の世界。楽しみ方は千差万別ですが、直接実物を見て、触ることのできるリアル店舗との上手に付き合うことができれば、自転車ワールドを歩む際の頼もしい道しるべになってくれるのではないでしょうか。
●サイクルパラダイス ムーンテイル
住所 兵庫県宝塚市仁川北2-3-12 [Google Maps]
営業時間 月〜土:10:00〜19:00、日:10:00〜17:00
定休日 水曜日
ウェブサイト http://www.moontail.net/
text&photo_YONEYAMA Ikki
協力・協賛:ブリヂストンサイクル株式会社